那谷明弘TM・思い出のダービー 1997年第64回『“フロック”ではなかった二冠馬 サニーブライアン』

【優馬TM 思い出のダービー】
中央競馬の売り上げが4兆円超えと、ピークだった1997年。隔世の感さえあるそんな時代のダービー馬サニーブライアンから、2年目の駆け出し記者は多くのことを学んだ。

優馬TM 思い出のダービー
日本ダービー
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バブル崩壊後もまだイケイケだった時代背景

 日本中央競馬会(以下、JRAと略す)の売り上げは2012年から3年続けて前年度の実績を上回り、漸次回復の兆しも見られるが、ピークだった1997年の4兆円と比べると6割程度。奇しくも事情は他の業種やレジャーでも似たようなもので新聞業界、外食産業、建設業、ゲーム業界は同じ1997年、音楽や出版、パチンコの世界でも90年代後半に軒並み最高の売り上げを記録して、ゼロ年代以降は歯止めのかからない縮小傾向と足並みを揃える。果たしてこれを偶然の同期現象と解釈する人がいるだろうか。1997年は既にバブル経済が崩壊していたとはいえ、まだ消費に費やす余裕が日本人に残っていたのだ。時代の趨勢なので政府の経済政策やネット社会を批判したり、愚痴をこぼしても仕方がない。中央競馬に関しては一時の落ち込みは下げ止まり、オグリキャップが活躍した1989年の第二次競馬ブームと同じに水準に戻ったと前向きに解釈したい。

 1997年はいったいどんな年だったのか? 先日、イギリス王室にシャーロット王女が誕生して祝賀ムードにつつまれたのは記憶に新しいが、パリでダイアナ妃が不慮の死を遂げるのはこの年の夏だ。平成なら9年になる日本に目を向けると…消費税は5%になり、初代プリウスが販売開始、朝の連ドラは「あぐり」、松たか子と広末涼子が歌手デビュー、貴乃花は4年連続で年間最多勝、たまごっちとポケモンが空前の大ブーム。もはや隔世の感さえあるそんな時代の中で頂点に登りつめたのはサニーブライアン。ダービーといえば真っ先に浮かんでくる二冠馬について書いてみたい。

那谷明弘

筆者:


1970年神戸市生まれ。慶応大学文学部卒。95年入社。美浦で時計班として所属したのち、96年秋から栗東トレセンで取材を担当。夏の小倉出張は10年を越える。予想は「競走馬の強さはラップに現れる」、馬券は「血統と確率論の理解が必須」がモットー。

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